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仏壇の歴史とは?最古の時代から現在の仏壇の歴史を遡る

更新日:2022.01.02 公開日:2022.01.02

仏壇

仏壇に向かって座っている僧侶の背中

記事のポイントを先取り!

  • 仏壇の歴史は飛鳥時代までさかのぼる
  • 仏壇のルーツは「玉虫厨子」
  • 厨子は「戸棚」、仏壇は「お寺」

日本人であれば、自宅に仏壇があることに対して疑問を抱く方はほとんどいないでしょう。
しかし、その歴史を説明できる方はあまりいないのではないでしょうか。
そこでこの記事では、仏壇の歴史について詳しく解説していきたいと思います。

この機会に、各時代ごとの仏壇の変遷や、そもそも何故仏壇が各家に置かれるようになったのかなどを知っていきましょう。
厨子(ずし)と仏壇の違いについても触れていますので、ぜひ最後までご覧ください。

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  1. 仏壇の歴史を遡る
  2. 今もある最古の仏壇
  3. お仏壇を家に置くのはなぜか
  4. 仏壇の歴史まとめ
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仏壇の歴史を遡る

「仏壇」には仏の文字が入っていることもあり、仏教伝来とともに日本に伝わったと考えている方も多いかもしれません。
しかし、実は仏教発祥の地とされるインドには、そもそも仏壇というものが存在しません。

仏壇は日本特有のものであり、時代とともに変化してきました。
仏壇の歴史を各時代ごとにさかのぼってみましょう。

飛鳥時代

593年に推古天皇が即位。
その後594年に「三宝興隆の詔」を発令しました。
そして摂政の聖徳太子が憲法十七条を制定し、第二条に「篤く三宝を敬え、三宝とは仏と法と僧なり」と記されます。

これにより、仏教が国家をまとめるための宗教としての役割を果たしていくことになりました。
最古の仏壇といわれる、「玉虫厨子(たまむしのずし)」が作られたのもこの時代だとされています。

平安・鎌倉時代

1300年以上前に天武天皇が、「諸国の家毎に仏舎を造り、仏像をご安置して礼拝するように」と勅令を出したのをきっかけに、仏壇が日本中に広まっていったとされています。
しかしこの頃はまだ、位の高い貴族階級のみの文化で庶民の間に広がるのはもっと後のことになります。

その後鎌倉時代に入ると、法然や親鸞(しんらん)、日蓮などに代表される鎌倉仏教の影響もあり、庶民の間にも仏教の信仰が広まっていきます。
中国の儒教の祭具である位牌が持ち込まれたのもこの頃になります。

室町時代

浄土真宗の門徒を中心に、庶民の間にも仏壇の文化が普及していきます。
室町時代は一揆が起こるなど、戦乱の世の中でした。
浄土真宗の蓮如上人(れんにょしょうにん)は、庶民にも分かりやすい言葉で積極的に布教活動を行い、人々は床の間に仏画を飾ったり仏壇を置いて仏様を祀るようになっていきます。

江戸時代

浄土真宗以外の宗派に仏壇が広まっていくのは、江戸時代に入ってからになります。
その背景には、1635年に徳川幕府が実施した「寺請制度(てらうけせいど)」があります。これは”キリシタンではない”ことの証明として、すべての庶民に対してお寺の檀家になることを命じたものです。

それと同時に、檀家には仏壇を置くことを義務付けたため、日本全土に仏壇が普及していきました。
また浄土真宗では、金箔で華やかに装飾された金仏壇が作られるようになりました。

明治・大正・昭和時代

明治時代に入ると、唐木仏壇といわれる黒檀・紫檀などの唐木を材料に使った仏壇が作られます。
金仏壇のように金箔などの豪華な装飾はあまりせず、木目の美しさを生かし、精巧な彫刻が施されたデザインが特徴です。
そして製造においては、金仏壇と同じように木地、空殿、欄間、彫刻などいくつもの工程に分かれ、それぞれの職人が技法を凝らした製品を作っていきました。

昭和の時代になると、戦争により仏壇産業は一時的に衰退します。
しかし、1945年の終戦を機に、一転して需要が増加していきます。

現在

住居の洋風化で仏壇の置き場所に困ってしまったり、核家族化や少子化といったライフスタイルの変化で継承されなかったりと、仏壇を置いていない家も増えています。
それに伴い、「ミニ仏壇」と呼ばれる置き場所を問わない、そして今までの習慣やしきたりにとらわれない仏壇も作られるようになりました。

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今もある最古の仏壇

線香が立てられた仏壇

日本で最古の仏壇のルーツとなるのが、「玉虫厨子」になります。飛鳥時代に作られた、現存する、とても貴重な仏教工芸品として知られています。

安置場所は奈良県「法隆寺」

法隆寺は、聖徳太子と推古天皇が創建したとされています。
そして推古天皇が自身の念持仏を安置するための厨子として制作させ、愛用していたのが「玉虫厨子」であり、奈良県の法隆寺に保管されています。
現在は、新設された最新設備のある大宝蔵院に保管されていますが、もともとは法隆寺金堂に安置されていたようです。

玉虫厨子(たまむしのずし)

「玉虫厨子」は日本最古の仏壇と言われ、国宝にも指定されています。
そのもっとも大きな特徴とも言えるのが、柱や宮殿部分に施された鮮やかな玉虫細工です。

実際に本物の玉虫の羽が使用されていて、それ以外にも瓦をずらしながら重ねていく錣葺(しころぶ)という技法や、透かし彫りといった高度な技法が施されています。

厨子と仏壇の違い

厨子と仏壇、両者の違いは何でしょうか。
形状やその使い方など共通する部分が多くありますが、実際のところ明確にその違いが定められているわけではありません。
仏壇も厨子の一つとして考えられていて、一般家庭に普及している仏壇のことを別名「厨子型仏壇」と呼んだりもするようです。

しかし、そもそもの使われ方や、人々の持つイメージなどにおいて異なる点がいくつか存在します。
厨子とは、仏像や仏舎利、経典や位牌など大切なものを保管するための仏具のことで、正面に扉が付いていて、長方形の箱型のものが一般的です。
太陽の光をさえぎり、ホコリや汚れから守ることで美しい状態を保つ役目を果たします。

また、必ずしも仏様を入れる必要はなく、お守りや形見などその家にとって大事なものを置く場所としても利用できます。
「厨子」という言葉には広義で、「食物や書物を入れておく戸棚」という意味があり、台所などで日常的に使われていました。
それが徐々に非日常的な仏具として変化していきました。

そしてもともとは「仏龕(ぶつがん)」と呼ばれる、仏像や経文を安置するために壁面や塔内などに作られた小室が発展したものだと伝えられています。
仏壇は仏様やご先祖様の位牌を置き、お祀りする場所です。
「家の中の小さなお寺」と考えられ、厨子と比較するとより仏具としての意味合いが強くなります。

また厨子は一つの家に複数あってもかまいせんが、仏壇は一つの家に一つというのが一般的です。
そして大切なものをただ保管するためではなく、仏様、ご先祖様への信仰の強さを表現するための祭壇としての役割を果たしています。
お寺へ行けなくても、自宅の仏壇を拝み大事に扱うことで、それぞれの信仰の対象へ祈りを捧げることができます。

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お仏壇を家に置くのはなぜか

本来の仏教における仏壇の意味とは、仏様を安置しお祀りするため一番高い場所に作った「」のことになります。
これは仏様の世界を表現していて、仏教の世界で最も高い位置にあることを表しています。
もちろんお寺の中にも仏壇はあり、そのお寺の中にあるものの代わりとして自宅でお祀りできるようにと作られたのが自宅用の仏壇になります。

自宅に置く仏壇には多様の役割があります。
まず、仏壇とは「家の中の小さなお寺」であり、仏様を安置する場所です。

仏教には宗派で多少の違いはありますが、亡くなった方はみんな成仏する(仏様になる)という考えがあります。
仏様になったご先祖様の位牌を毎日お参りするための場所であることが、家の中での仏壇の役割の一つと言えます。

そして、亡くした大切な家族に思いをはせ、日々の出来事の報告や故人との対話の場所にすることで、故人を近くに感じて深い悲しみを乗り越えていくこともできるでしょう。

必ず置かなければならないわけではない

仏壇を必ず置かなければいけないわけではなく、仏壇がないからといって信仰心が無いというわけではありません。
そもそもお寺に行けば仏壇があり、拝むこともできます。
わざわざお寺へ出向きお祈りするほうが信仰心があると言えるかもしれません。

しかしながら仏壇は、ご先祖様へ感謝の思いを伝えたり、故人への祈りを捧げたり、楽しいときや苦しいとき、悲しいときの心の拠り所としてとても大切なものであるといえるでしょう。

仏様を安置する場所

仏壇を置くための場所である「仏間」が最適です。
床の間」があればそこに置くのも良いでしょう。

「床の間」は上座とされているため、仏壇を設置するには適しているといえます。
「仏間」や「床の間」が無い家の場合、家族がよく集まるリビングや、お客様をもてなす客間など、毎日お参りしやすい場所にすると良いでしょう。

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仏壇の歴史まとめ

キーボードの上に載っている「ま」「と」「め」と書かれた積み木

ここまで仏壇の歴史についての情報や、厨子と仏壇の違いを中心にお伝えしてきました。
この記事のポイントをおさらいすると以下の通りです。

  • 仏壇が一般に普及したのは江戸時代
  • 日本最古の仏壇のルーツは「玉虫厨子」
  • 仏壇は「家の中の小さな寺」
  • 厨子は「戸棚」、仏壇は「お寺」

これらの情報が少しでもみなさんのお役に立てば幸いです。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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監修者

評価員(はかまだ)

袴田 勝則(はかまだ かつのり)

厚生労働省認定 葬祭ディレクター技能審査制度 一級 葬祭ディレクター

経歴

業界経歴25年以上。当初、大学新卒での業界就職が珍しい中、葬儀の現場で数々のお葬式を担当し、身寄りのない方の弔いから皇族関係、歴代首相などの要人、数千人規模の社葬までを経験。さらに、大手霊園墓地の管理事務所にも従事し、お墓に納骨を行うご遺族を現場でサポートするなど、ご遺族に寄り添う心とお墓に関する知識をあわせ持つ。

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