お葬式
浄土真宗とは?経典・葬儀・仏壇の飾り方を徹底解説
更新日:2022.11.18 公開日:2022.01.29
日本の仏教にはいろんな宗派がありますが、浄土真宗とはどのような宗派なのでしょうか。
浄土真宗の葬儀のマナーなどについて知っておきたいものです。
そこでこの記事では、浄土真宗について詳しく説明していきます。
この機会に、浄土真宗の葬儀のマナーや仏壇の飾り方について知っておきましょう。
浄土真宗が東西に分かれた背景についても触れているので、ぜひ最後までご覧ください。
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浄土真宗とは
浄土真宗とはどのような宗派なのでしょうか。
歴史や教えについて説明していきます。
浄土真宗の歴史
浄土真宗の本山である本願寺はもともと、開祖である親鸞聖人(しんらんしょうにん)の遺骨を納めていた大谷廟堂(おおたにびょうどう)だったものです。
大谷廟堂は京都東山大谷という地名に由来するものです。
親鸞聖人の曾孫の覚如(かくにょ)が、大谷廟堂の「留守職(るすしき)」に任命されたことをきっかけに大谷廟堂は寺院となりました。
覚如は浄土真宗を統一するために、法然聖人(ほうねんしょうにん)の教えの正当な後継者だと主張したのです。
室町時代中頃に、蓮如(れんにょ)の活躍によって浄土真宗の教えは日本中に広まりました。
しかし、比叡山(ひえいざん)の僧侶によって本願寺は破壊されてしまったのです。
そのため、蓮如は今日の福井県や大阪府にあたる地域をさまよいながら教化活動を続けました。
その後、京都の山科に再び本願寺が建立されました。
ところが戦乱の世の中ということもあって、要塞のような山科本願寺も「山科本願寺の戦い」で消滅してしまいました。
そこで、今度は大坂石山御坊(いしやまごぼう)を拠点とし、天下統一を目指す織田信長との「石山戦争」が10年にわたって行われたのです。
第11代・顕如(けんにょ)は石山本願寺から離れて信長との和解を目指しました。
その後豊臣秀吉の支援により、京都の六条堀川に西本願寺が設けられます。
顕如が亡くなると、長男の教如(きょうにょ)は石山本願寺に残って信長と引き続き対峙しました。
一方、三男の准如(じゅんにょ)と顕如は石山本願寺を出て、信長との和解に努めました。
二人は浄土真宗の承継をめぐって争うことになったのです。
教如は徳川家康と結びつき、本願寺の直ぐ近くの烏丸七条に東本願寺を建てました。
西本願寺の浄土真宗本願寺派と東本願寺の真宗大谷派は、こうして誕生したのです。
浄土真宗の教え
浄土真宗の教えは「阿弥陀仏の誓いを信じ、念仏を唱えて仏になる」ということです。
そして、「本願(ほんがん)」とは、阿弥陀仏の「私が仏になったなら、生きているもの全てを必ず迷いや苦しみから解放させる」という誓いになります。
浄土真宗には、御朱印やお札・お守りがありません。
お守りのご利益に頼ったり、目先の良し悪しに囚われたりしてはいけないからです。
また、どんな時でも人間を見捨てることのない阿弥陀仏にすがって生きなさいと教えます。
阿弥陀仏は、人間の心をすべて見通して、話を聞く前からその人の願いを叶えてくれるのです。
本願寺派と大谷派の違い
本願寺派と真宗大谷派はどちらも教義は同じですが、仏壇や仏具などで違いがあります。
仏壇の場合、本願寺派の柱は金箔のものであり、大谷派の柱は黒塗りのものです。
また、仏具の花立・香炉・ロウソク立などは大谷派は黒っぽい色ですが、大谷派は金色です。
その他にも「南無阿弥陀仏」を本願寺派では「なもあみだぶつ」と発音することが多く、大谷派は「なむあみだぶつ」と発音します。
さらに、法要が行われる日や阿弥陀堂と御影堂の配置なども異なります。
浄土真宗の経典
浄土真宗では「浄土三部経」がよく読まれる経典です。
「浄土三部経」は、「大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)」「阿弥陀経(あみだきょう)」「観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)」の3つから構成されています。
大無量寿経の解釈
浄土真宗では、7000巻以上ある「一切経」という経典に釈迦の教えや生涯について書かれています。
親鸞が言うには、釈迦の本心が書かれているのはこの膨大な経典のうち「大無量寿経」だけとのことです。
そして、他の経典で「大無量寿経」のことをわかりやすく解説しているというのです。
大無量寿経は浄土真宗の根本となる経典と言えるでしょう。
阿弥陀経の解釈
「大経」とは、大無量寿経のことで「小経」とは、阿弥陀経のことです。
阿弥陀経は、極楽浄土や阿弥陀如来について書かれています。
また、阿弥陀経では宇宙の全方向にいらっしゃる仏様が阿弥陀如来の願いを理解していることが書かれています。
阿弥陀仏の尊さが記された大切な経典でもあると言えるでしょう。
観無量寿経の解釈
観無量寿経は略して「観経」と呼ばれる経典です。
経典では、罪人であっても南無阿弥陀仏と唱えることで極楽浄土へ行けるとされています。
この万人救済を説くにあたって、観無量寿経の序文には「王舎城の悲劇」という物語が書かれています。
この悲劇をハッピーエンドにすることこそが阿弥陀仏の誓いであるとされているのです。
よく唱える言葉
浄土真宗では、葬儀や法要などで「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と念仏を唱えます。
念仏を唱えることで、阿弥陀如来に極楽浄土に導いてもらうためです。
阿弥陀如来とは大乗仏教の仏さまであり「阿弥陀様」とも呼ばれます。
なお、浄土真宗本願寺派では「なもあみだぶつ」と発音することがあります。
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浄土真宗の葬儀
浄土真宗の葬儀は他の宗派との違いについて説明します。
葬儀の特徴
浄土真宗の葬儀では、死者を供養するという概念がありません。
浄土真宗では、亡くなると同時に阿弥陀如来によって極楽浄土へ案内されるとされています。
そのため、葬儀で成仏を願って供養する必要は無いのです。
故人ではなく、阿弥陀如来のためにお経が詠まれます。
浄土真宗の葬儀では亡くなったらすぐに成仏するという考え方が基本となっているため、他の仏教宗派のような「授戒」や「引導」などといったものはありません。
また、阿弥陀如来の弟子になった証として、戒名ではなく「法名」を授かります。
葬儀の流れ
浄土真宗の葬儀の流れがどうなっているのか解説します。
本願寺派
全ての信者は、死後極楽浄土へ導かれ、故人とはいずれ再会するとされているので「告別式」とは言いません。
まず、故人を北枕にして寝かせ、湯灌で身体を綺麗に拭いた後、白い着物を着せて顔には白い布をかぶせます。
この時、故人の身体を浄める「納棺勤行」を行いますが、遺体に旅支度の装束を着せることはありません。
次に葬儀へと移り、僧侶の読経と焼香に続いて遺族や参列者が焼香を行います。
続いて、葬儀が終わり出棺式となって、火葬・拾骨が行われるのです。
さらに、遺族の精進明けを目的とした回向(えこう)・法要が行われます。
最後に僧侶に手を合わせ、短念仏を唱えて終了となるのです。
大谷派
大谷派の場合は、葬儀式第一に続いて葬儀式第二が行われるのが特徴です。
葬儀式第一では「棺前勤行」と「葬場勤行」が中心に行われます。
そして、棺前勤行として「総礼(そうらい)」を行った後「勧衆偈(かんしゅうげ)」、短念仏十遍が詠まれます。
さらに、葬場勤行は「三匝鈴(さんそうりん)」から始まり、僧侶の読経と焼香、続いて遺族や参列者による焼香が行われます。
この時、弔電や参列者の挨拶が行われることもあります。
ここでは「旅路」を連想させる言葉を使わないように注意しましょう。
浄土真宗では亡くなったらすぐに極楽浄土へたどりつけるので死後の旅は不要だからです。
葬儀式第二は、これまで自宅で行われることが多かったのですが、最近では斎場で行われることが多くなってきました。
葬儀のマナー
葬儀のマナーについて説明します。
焼香のマナー
焼香は、浄土真宗では香をつまんでからおしいただく(額のあたりまで持ち上げる)ことはしません。
左手に数珠を持ち、右手で香をつまみます。
本願寺派では1回つまみ、大谷派では2回つまみます。
浄土真宗の焼香では遺族・会葬者に一礼しなくてもよいとされていますが、一礼して問題はありません。
香典のマナー
香典の袋は市販のものでもよく、水引は、原則黒白とします。
しかし、地域によっては黄白のものもあるようです。
また浄土真宗では、亡くなったらすぐに仏になるとされているので、香典袋には「御仏前」と書きます。
あるいは、「香典」「香資」「香料」「香儀」としましょう。
数珠のマナー
浄土真宗では、略式の数珠を使用することが多いようです。
数珠を左手にかけ、輪の中に右手を差し込んで合掌します。
浄土真宗のお墓
浄土真宗のお墓にはどのようなものがあるのでしょうか
浄土真宗でお墓はいらない?
浄土真宗では、故人は死後すぐに成仏するとされていることから、お墓に魂が宿らないとされています。
そのため、供養を目的としたお墓は必要ありません。
浄土真宗でお墓を扱う場合、極楽浄土へ旅立った故人に想いを馳せ、阿弥陀如来との仏縁を結ぶことを目的として扱います。
浄土真宗のお墓の特徴
仏縁を結ぶことを目的とした浄土真宗のお墓ですが、どんな特徴があるのでしょうか。
以下で説明していきます。
お墓に刻む文字
通常、墓石には「先祖代々之墓」や「鈴木家之墓」などといった文字が刻まれます。
しかし浄土真宗では故人の霊はすでに極楽浄土にあり、お墓にはいないとされています。
したがって「南無阿弥陀仏」(阿弥陀様どうかお救いください)あるいは、「倶会一処(くえいっしょ)」(故人やご先祖様に、極楽浄土で再会しましょうと告げる)を刻みます。
どうしても家名を入れたい場合は、二段目の台石などに刻みます。
また、梵字・仏種子は阿弥陀様の分身とされていますので、浄土真宗のお墓に記されることはありません。
五輪塔や卒塔婆は使われない
前述した通り、浄土真宗ではお墓に故人の魂はいないと考えられているため、追善供養というものをしません。
卒塔婆や五輪塔といった、追善供養を目的としたものは使わないのです。
また、阿弥陀仏以外の地蔵像や観音像、宝塔なども建ててはいけないとされています。
墓誌ではなく法名碑
浄土真宗では、お墓の横に故人や先祖の名や戒名を刻む石碑のことを「墓標」とは呼ばず、「法名碑」と言います。
ただし、法名碑は必須というわけではありません。
また、お墓に故人の霊は存在しないとされているので「霊位」などといった文字は使用しません。
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浄土真宗の仏壇の飾り方
浄土真宗の仏壇には位牌を置かないという特徴がありますが、その他にも仏壇の飾り方にはどのような特徴があるのでしょうか。
ご本尊・脇侍の飾り方
ご本尊や脇侍の飾り方について説明します。
本願寺派
浄土真宗では、中央に本尊の阿弥陀如来の像を祀ることが多いようです。
絵像が多いのですが、木像のものもあります。
脇侍は正面から見て右側に「帰命尽十方無碍光如来」の十字名号を、左側に「南無不可思議光如来」の九文字号を掛けます。
あるいは、右側に親鸞聖人像、左側に蓮如上人像を掛けることもあるようです。
大谷派
こちらも中央に本尊の阿弥陀如来を祀ることが多いのですが、絵像の光明本尊を本山からいただくことが多いようです。
脇侍は正面から見て右側に「帰命尽十方無碍光如来」の十字名号を、左側に「南無不可思議光如来」の九字名号を掛けます。
この配置の場合、仏飯器は置かないようにしましょう。
あるいは、右側に親鸞聖人、左側に蓮如上人像を掛けることもあります。
仏具の飾り方
仏具はご本尊やご先祖、亡き人を供養するために供えられます。
ご本尊には「仏像タイプの本尊」と「掛け軸タイプの本尊」があります。
浄土真宗本願寺派の場合は、寺院によっては「掛け軸タイプの本尊」でなければならないとする所もあるようです。
ちなみに掛軸タイプの場合、本願寺派と大谷派では、絵柄が非常によく似ています。
しかし、後光の本数が異なり、本願寺派の場合は上部の黄色い部分が8本ありますが、大谷派は6本です。
さらに、大谷派の方は黒みがかった色合いの仏具が多いようです。
具体的には、緑の香炉である「玉香炉(土香炉)」や、その下に敷く逆三角形の「打敷」などを飾ります。
大谷派は仏具の飾り方の決まりが多く、飾り方が難しいと言われています。
しかし最近では、このような昔からのしきたりに従った飾り方をしている人は少なくなってきているようです。
浄土真宗が東西に分かれた背景
浄土真宗はどうして東西にわかれてしまったのでしょうか。
その背景を紹介します。
浄土真宗が東西に分かれた背景
かつての石山本願寺は顕如(けんにょ)がトップでした。
顕如と三男の准如(じゅんにょ)は信長との和解を考え、長男の教如(きょうにょ)は徹底抗戦を譲りませんでした。
最後は顕如の意見が通り信長と和解して、石山本願寺は明け渡されました。
こうして、顕如は准如といっしょに和歌山の鷺森別院(さぎのもりべついん)に移住したのです。
信長は浄土真宗を壊滅させるために、明智光秀に本願寺を攻撃するよう命じました。
ところが、光秀はこれにはしたがわずに逆に信長を討ってしまったのです。
これが、いわゆる本能寺の変です。
こうして浄土真宗は延命することはできましたが、顕如と教如の確執は深まりました。
その結果、顕如は長男の教如ではなく三男の准如を後継者としたのです。
徳川家康も浄土真宗を煙たく思っていました。
そこで家康は、浄土真宗を弱体化させるために教如に別の本願寺を与えました。
その結果、浄土真宗は東本願寺と西本願寺に別れて敵対するようになったのです。
浄土真宗の本願寺は2つある
本願寺は約500年前の戦国時代では1つだけでした。
しかし石山戦争をきっかけに本願寺は2分されます。
石山戦争で織田信長が今の大阪城の場所にあった石山本願寺を攻撃したのです。
石山本願寺は、当時は浄土真宗の確固たる拠点であり、室町時代に蓮如(れんにょ)によって建立されました。
織田信長は、長年に渡って石山本願寺を攻撃しましたが、降伏させるまでにはいたりませんでした。
そこで信長は、当時の正親町天皇(おおぎまちてんのう)を介在させて和解することを考えたのです。
その結果、信長と和解するか、徹底抗戦するかで本願寺内で意見が2つに割れてしまい東と西に分裂してしまいました。
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浄土真宗のまとめ
この記事では、浄土真宗についての情報や、その葬儀などについてお伝えしてきました。
この記事のポイントをおさらいすると以下の通りです。
- 浄土真宗は、親鸞聖人が開いた東本願寺と西本願寺を本山とする宗派
- 浄土真宗の経典には、大無量寿経、阿弥陀経、観無量寿経がある
- 浄土真宗の葬儀は、死者への供養という概念が存在しない
- 信長と和解か徹底抗戦かの意見の対立で本願寺は東と西に分裂した
これらの情報が少しでも皆様のお役に立てば幸いです。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
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監修者
山口 隆司(やまぐち たかし)
一般社団法人 日本石材産業協会認定 二級 お墓ディレクター
経歴
業界経歴20年以上。大手葬儀社で葬儀の現場担当者に接し、お葬式を終えた方々のお困りごとに数多く寄り添いサポートを行う。終活のこと全般に知見を持ち、位牌や仏壇をはじめ、霊園・納骨堂の提案や、お墓に納骨されるご遺族を現場でサポートするなど活躍の場が広い。
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